『全盲のセーラー、世界を舞台に』
(ヒトスギ塾塾報「ひゆうまん」より)
文 高橋達也
皆さん、ブラインドセーリングという言葉をご存知でしょうか?視覚障害者(目の見えない人・英語ではブラインドという)2名と晴眼者(目の見える人)2名がペアを組んでヨットを走らせる競技です。ペアを組むといっても舵を操ったりメインセールをトリムしたりという最も重要な仕事を視覚障害者の2名が行ない、晴眼者の1人は周囲の状況を言葉で説明し、もう1人はその他のいろいろなヨットの上での作業をサポートします。舵とメインセールといえば自動車のハンドルとアクセルのようなもので、いかにヨットを安全にかつ早く走らせるかはブラインド2名の腕にかかってきます。
このブラインドセーリングという競技はニュージーランドで15年ほど前に始められたそうで、国際大会も毎年開かれ、ルールもしっかりしたものがあるそうです。最初このことを耳にしたときは、ヨットで沖に出ること自体危険と隣り合わせのことなのに、目の見えない人がヨットを操縦するなんて、なんて恐ろしい事をするのかと思いました。また、ヨットを走らせるのにコンパス(方位磁針)やテルテール(風見に使うひも)や海面の状況などを視覚からの情報として常にチェックしていなければいけないのだから到底まともに走らせるのは不可能ではないか、こんなことができるのは余程天才的な素質を持ったセーラーに限られるのではないかと思いました。世の中にはすごい人がたくさんいるもんだなぁというのが最初の印象です。
話はさかのぼること今年の2月、塾生の後藤譲治君のお母さんに紹介されて「えんとこ」という身体障害を負った青年を主人公にした自主制作の映画を市民文化センターで観ました。普段接する事のない何らかの障害を身体に負った人たちが、実は私たちが思っているほど後めたさや引け目など感じすに堂々と生きていられるということに感動しました。足が動かなかったり、目が見えなかったり、音が聞こえなかったり、話せなかったりしたって、心で感じたり思ったりすることはみんな同じなんです。かえって何らかの不自由なことがあるほうが、物の有り難さ、人の心の温かさ、生きていくことの尊さがよくわかっているんじゃないかと思いました。
この映画を観たあとです。夜中になにげなくテレビを観ていると、日本のブラインドセーリング協会会長の竹脇義果実(よしみ)さんという方が紹介されていて、神奈川県の油壷(三浦市)で世界大会に向けて練習をされているということでした。障害を負った人たちに対する理解の仕方にますます激しい変化が起こった夜でした。
日本一の富士山と駿河湾という素晴らしい環境が整った沼津でもっと多くの人にヨットを知ってもらいたい、海から見たこの地域の美しさを再認識してもらいたいという願いから今まで機会のあるごとにいろいろな人たちとヨットで海に出ました。沼津の視覚障害者の会ティンクルの会長をしていらしゃる後藤さんと出会い、たとえブラインドの方でも、海に出たい、ヨットに乗りたい、ヨットを走らせてみたいと思う人にはぜひ夢を実現させてあげたいという勇気が湧きました。
さっそく竹脇さんと連絡を取り、以前沼津で耐寒セーリングを企画した時から協力をしていただいている釣月寺の秋山さん、小3からヨットの弟子になってもうヨット歴5年目の飯田和倫君、そして後藤さん母子などで、まずは本物を見せてもらおうということで一路油壷へ向かいました。竹脇さんたちの練習場所である油壷のシーボニアというマリーナは、セーリングクルーザーのための環境が最も整った場所で、まさにヨット天国といったところ。向かいにはその昔、GHQのマッカーサーの別荘もあったとか。まずはその環境の素晴らしさに圧倒されました。
到着後、セーリングパートナーの橋本さんの腕をつかみ白杖をついて歩いてくる竹脇さんと初めての対面。いきなりこちらの右手を握られ握手をしたのですが、何で目が見えないのに私の右手の位置が分かったんだろうとびっくりしました。お話をするのにもしっかり相手の顔を見て話されるので、ホントは見えてるんじゃないのかなとどぎまぎしてしまいます。竹脇さんと橋本さんともうひとりのセーリングパートナーの秋山さんの3人とミーティングを行ない、いざブラインドセーリングへ出帆。
J24という24フィートのヨットに竹脇さんがヘルムスマン(舵取り)として乗船。途中から私たちも目を閉じて舵を握り疑似ブラインドセーリング体験を行ないました。周りを見ながらセーリングするのとは違って、目をつぶった瞬間に五感は舵を握っている指と、風を感じる肌、そして風や波の音とパートナーが報告してくれる言葉を聞く耳に一気に集中していきます。それまでの意識が分散していた状態から急に研ぎ澄まされた状態になるのがわかります。ただ、頭の中でいろいろなことを考えようとしだすので10分もするともう頭痛に近い状態になってきます。ブラインドセーラーの人たちは常にこういう状態なんだなあと、よくわかりました。微風から軽風の最高のコンディションの中、危険とは無縁のセーリングでしたが、実際には強風で大波の時にもレースは行われ、落水の危険も現に経験しているとのこと。今後、ルールを整備するなど安全面に最大の注意を払ってやっていくべきだとのアドバイスもしていただきました。
竹脇さんの「盲人だってね、実は皆さんが考えている以上にしたたかに生きているんですよ。盲人をあなどってはいけませんよ(笑い)」という言葉になんともいえない爽快さを感じました。春の穏やかな海面で、風向明媚な景色を堪能しながら、ブラインドセーラーとその目となるパートナーの連携に将来の新しい障害者スポーツの可能性を強く実感した一日でした。
高橋達也さんは、沼津の学習塾「ヒトスギ塾」の先生をされています。その塾報「ひゆうまん」に交流会当日の模様と感想を寄稿されたもので、今回高橋さんのご了解を得てHPに掲載させていただくことになりました。