活動報告 JBSA東京 2023年6月18日 定期活動
皆様
JBSAの村井です。6月18日(日)のJBSA東京定期活動報告をいたします。
【実施日】2023年6月18日(日)
【使用艇】あほうどり
【参加者】(敬称略)
サイテッド : 副田、古庄、三場、加藤(体験) 四名
ブラインド : 小倉、殿垣内、佐藤、増尾、村井、栗原(体験) 六名
プラス : ブリス
合計 十名
プラス 一匹
【天候】曇り、ときどき晴れ
【風】6~8メートル
【風向】南西
【波高】0,5~1,5
【航行時間】10時33分出港 15時23分帰港(4時間50分)
【航行距離】33.57キロメートル
この日の活動は、スポットライトというWEBで主に視覚障害者のスポーツ等を紹介しているサイトの取材があり、その体験者が二名(サイテッド 1、 ブラインド 1)乗船しました。
また今回はブラインドの参加希望が多くなり定員オーバーとなったため、殿垣内さんによるロシアンルーーレットでの抽選が行われ、、残念ながら水田さんが落選という結果となりました。その模様は厳選に当落が決められたことを示すためか、YouTubeにアップされています。
東京の参加調整担当の長谷川さんが以下のように表していました。
「殿さまのゆるーいトークとルーレットの安っぽい効果音がいい味出してます!」
https://youtu.be/wiu3RN6XKrA0~> 2023年6月18日あほうどり定期活動の参加者抽選ルーレット0~0~
ルーレットアプリで当選者を一人ずつ決めるのですが、最初のルーレットで私村井が当選していました。二回目をやったところこれまた私村井が当選してしまい、これが実は殿垣内さんによる活動レポート選びだったのではと憶測しています。
そして、なんと女性の参加者が5名。嘗てこれほどの数の女性が参加したことはなかったのではないでしょうか!男女ともに半々。
いつものように新木場駅9時半に集合してマリーナへ。
スポットライトの加藤さんにスポットライトについて尋ねたところ、運営主体が同行援護事業所のなんと「みつき」とのこと。「みつき」は私が唯一利用登録をしている同行援護事業所でブラインドのスポーツ関係の同行援護に力を入れているとかで、私はスキーに行くのが目的で昨年登録したのです。この事業所にガイドヘルパーとして登録している人の紹介でこの事業所に登録したのですが、その人ととはここ15年ぐらい毎年ブラインドのスキーで一緒に滑っているのですが、その人はスキーだけでなく、ブラインドのゴルフやサッカーまでもお手伝いをしていて、今回のもう一人の体験者栗原さんが所属しているブラインドサッカーのクラブの乃木坂でもプレーをしています。因みに乃木坂のクラブにはパラリンピックの金メダリストのブラインドも所属していて、彼は金・銀・銅全て別な種目で獲得しています。その彼ともブラインドのスキーで偶に会います。そして、乃木坂といえば、我らがJBSAの創始者である竹脇さんがお住まいです。ということで、簡単に全員が自己紹介をして、あほうどりへ。
10時30分出航。桟橋からの離岸から着岸まで副田さんがスキッパーを勤め、海面でのセーリングの際もティラー脇で貫録を示す。海面に向かう途中、あほうどりの進路に入ってきた艇があり、本来なら相手艇がよけなくてはならないところをその艇がそのまま進んできたのか、副田さんの判断よろしくあほうどりのエンジンを一時的に落として開いて艇を先にやらせる。それを見ていた古庄さんからお褒めの言葉が飛んだりしてました。
荒川の河口を下り、京葉線の鉄橋を超えて若洲沖に至るまで南西の真向かい風が入る。途中、殿垣内さんが風速を計測していて、10メートルにも達したりする。
河口沿いに風が入ってきているのと、あほうどり事態の機走による風とがあいまって、風速が上がっている模様。また東京湾にしては珍しく、というか西風のときはそうなのですが、うねりも入ってきている。体験者さんが船酔いしないか心配したのですが、お二人とも大丈夫の様子。
そんなこんなで、若洲沖のセールアップポイントまで到着するのに1時間もかかってしまいました。11時半ようやくセールアップ。風が強めなのと体験者さんもいるので、メインをリーフ(ワンポイント)する。リーフするのに若干手こずったもののメインアップ。リーフの出来栄えは・・・・。殿垣内さんが写真を添付したかどうか分かりませんが、そちらをご覧ください。続けてジブアップ。こちらも3分の1程度出すに留めて、楽にセーリングが出来るようにする。あほうどりはアビームの風を受けていい感じに帆走し始めました。
無事にセールアップ出来たところで、いつもの乾杯。今回はリースリングエルザスの白ワイン。各々が紙コップに継がれたワインを持ったところにあほうどりがうねりに突っ込んでしぶきが飛んで来る。東京湾の塩がワインに入り、やや塩味が加わって、なんとも美味でした。
そして、体験者の加藤さんに先ずはてぃらーを持ってもらい、副田さんが指導。メントリは殿垣内さん、佐藤さんがジブトリ他。
沖に出ると、風は凡そ6メートルぐらい、あほうどりは6のっと前後でセーリング。栗原さんにもティラーを持ってもらい体験。そしてここでも副田さんが適切に指示して、先ずティラーをもったら自身の体を両足と空いている片方の手を艇のデッキに捕まるなどして三点支持する仕方をアドバイス。
途中昼食をとったりしながらセーリングを続ける内に千葉沖に。三場さんが副田さんに見えている景色が変わったでしょう!と。13時40分、夢の島へ向けて戻り始めました。そこでジャイブするか、タックして落として行くか?副田さんに判断を促す。体験者さんがいるのと風がそこそこあるのとで、タックして落として、帰路へ。
風が上がってきたので、途中ジブをフルで出していたのを再び3分の1に引き込む。帰路はクヲータリーからアビームだったので、比較的早く順調に戻ってくることが出来、15時30分着岸。
あほうどりの解装をしているときに栗原さんを船の周りを、サイドステーやマスト、ブーム等の構造物を触ってもらいながら案内しました。ここがばうハッチだよ!ここを開けると船の中に通じているのだよと説明していると佐藤さんが船の中からハッチを開けて、「こんにちは」と。
さらにあほうどりのキャビンの中も、デッキ同様船の中の歩き方をレクチャーしながら見てもらいました。
ということで、この日の活動は終わり。皆さんご苦労様でした。
朝出航に際して、あほうどりに乗船するときに加藤さんがスポとライトに乗せる写真を撮影していたので、私が桟橋から艇に上がる様子をかっこよく撮ってもらおうとポーズをつけたつもりだったのですが、はたしてその写真は掲載されたかな!!!
といったところで活動報告を終わります。
ここからはレポート執筆者の特権で、着けたりです。今年私が書くことはもうないだろうなあと期待して。
アフターセーリングは新木場駅近くの韓国料理やでビールと焼肉。ここが安くて美味しい。満員のことも多いのですが、新木場駅に先に着いて直ぐ、三場さんが機転を利かせてお店の席を確保してくれて8人が入ることが出来ました。
この日は、私はビールをジョッキで大を一つと中を一つ飲んだだけだったのですが、帰り電車の中で寝てしまって、久しぶりになんと駅を二つ乗り過ごしてしまいました。せっかく赤羽の駅で乗り換え時間2分しかないところをうまいこと埼京線から宇都宮線に乗れたのになあ!早起きしたので寝てしまったのかなあ!まあ、宇都宮まで行ってしまわなくて良かったか!
ところで、早起きは3文の得と言います。が、この日、私は5時過ぎに起きたのですが、三文どころではなく、百万両ぐらいの徳がありました。何気なくテレビのチャンネルを回していたら、私の関心を引くお話をしている番組が耳に泊まりました。ドイツでなにかの講演を聴いた人がそこで感じたことをお話しているのですが、その超えはどこかで聴いたような聞き覚えのある声。ところどころドイツ語の単語が出てくるのですが、その発音は正にあの先生。そうそれは、大げさかも知れませんが、私のまさに人生の師たる小塩節先生ではないですか。懐かしい声を聴くことが出来、なんとも幸せでした。番組の途中からだったので初めから見れなかったのが残念でしたが、後日学生のときの友人にそのことをlineで知らせると、返信があり、彼もその番組(NHK 教育テレビ)を見ていたようで、しかもDVDで撮っていたとのこと。そのDVDを送ってくれるとのことでした。
小塩先生は残念なことに昨年の5月に亡くなられてしまっているので、私が見た番組は再放送だったのではないかと思います。ドイツの5月は緑が美しく、ヴォルクスリートにしばしば歌われているとお話になっていたものです。NHKドイツ語講座の中でエリザベート シュバルツコップがソプラノで歌うKomm, lieber Mai 「麗しき5月よ来い」モーツァルトが曲を着けたペーター・シュライアーのテナーでIm wunderschonen Monat Mai 「美しい5月に」ハイネの詩にシューマンが曲を着けた等のVokksliedをかけてドイツの音楽と文化を紹介していました。モーツアルトやシュウマンが歌曲の作曲をしているなんてことも知らなかった私はそのメロディーの美しさに感動したものです。「美しき5月に」のピアノの前奏は素敵ですよ!
小塩先生は90歳を超え、その5月に亡くなられたので、天寿をまっとうされたと思います。
ピアニストになるべくドイツに留学を勧められ、ドイツ語を学ぶのが嫌でピアニストになる道を歩むのを辞めた殿様も、小塩先生のドイツ語講座に出会っていたら人生が変わっていたことでしょう!
きっと今頃は世界を演奏旅行するがてら、ユーデル フローリックがデザインするハンゼ45(ハンザではありませんよ!まあハンザも楽しいですけど)に乗って地中海をヨッティングしていたかも知れませんよ。まあもっともピアニストにならないでJBSAにいてくれているので、このように再びJBSAが盛り上がりつつあるのですから・・・。彼に感謝です。
ということで早起きは三文の徳、嫌、百万両の徳ともなりますので、皆さん早起きしてセーリング活動に参加しましょう!
それから確かこの年明け2月だったかの神奈川のクルージングレポートに日高さんをしのんで相模湾の海に献花したとあったのを読みました。日高さんと2005年の全日本をご一緒させてもらったときのことや、2013年のジャパンワールドで共にティームを組んだときのことやいろいろと思い出していました。JBSAに最近入会された方もいらっしゃるので、日高さんについてごぞんじない方もいると思いますので、ちょっと記しておきますと、日高さんは幻のオリンピックといわれたモスクワオリンピックのときのセーリング競技の日本代表です。旧ソ連がアフガニスタンに侵攻したのにアメリカを初めとする西側諸国がそれに反対して、モスクワオリンピックをボイコットしたのです。そのため日高さんのオリンピック出場も幻となってしまったのです。そのような日高さんはJBSAの正にセーリング技術向上の肝となったのです。
残念ながら日高さんは2014年の4月にがんで若くして亡くなられ、YCC(横浜クルージングクラブ)で港みらいの海に散骨されました。当日、私は仕事がり、どうしてもお休みが取れなくてそれに加わることが出来なかったのが心残りです。
そしてあほうどりを私たちに寄贈してくださった竹内秀馬氏のことも。
竹内秀馬氏が亡くなったのが確かちょうど10年前の2013年12月。そして翌2014年の2月にここ東京湾の夢の島から若洲の海域で散骨をしました。そして来年は、あほうどりが夢の島に来てから20年。竹内秀馬氏が文字通り私たちを海から見守ってくださっています。
そこで殿垣内さん他、支部役員にお願いなのですが、来年の早々の適当な時期に竹内秀馬氏をしのんで皆で献花出来たらと思います。よろしくお願いします。